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仮面講座4
  1.  

  2. 1.民俗仮面の顔をどこから見るか

 私は昨年(2013年)5月より、私の不二真直民俗仮面コレクションをたくさんの方々に公開展示するため、モバイル・ミュジアム(移動美術館)という活動を始め、岡崎市の2小学校でも展示会を行った。この展示会の時、クラスごとに展示を見に来てくれた子どもたちに、私は展示会の説明と民俗仮面の見方を説明することがある。私はその時、民俗仮面の顔を見る時は、全体の表情を見た後、目を見るのもよいが、口から見ていくのも面白いよと説明している。顔の表情の中で目が一番強烈な印象を与えるが、口は気づきにくいが一番ユニークなおもしろい形状をしているからである。人間は口からものを食べ、口から言葉を話す。呼吸も鼻とともに使う。口は人間が生命を維持していく上に、最も具体的で根源的な部分であり、未開社会の人々にとっては、目や鼻や耳よりも生命維持に密着した重要な器官と私には思われる。彼らにとって、仮面を彫るとき、私の個人的な思いが強いかもしれないが、口を一番注視していると思えるからである。特に、アフリカのさまざまな仮面を見ていると、部分的には口の形に最も各部族の特徴が顕れているようにも思える。口がない仮面も結構あるが、それも特徴の一つである。

  1. 2.円形の口の不思議

 アフリカの異なった部族の、これら3つの仮面を見ていただきたい。いずれも口の形が円形あるいは円形に近く、口を少しとがらせている形状をしているのもある。なぜ円形なのか、今回はここに注視して、私なりに想像をめぐらして考えてみたい。
 アフリカの古い民俗仮面は、その部族の神々と深くつながっており、多くはその神々に関わる祭りや葬儀やイニシェーションなどに使われてきた。いはば、それらの仮面には、その部族の人々の分厚い祈りがしみ込んでいることになる。したがって、アフリカのどの部族の仮面も、ほとんどがきびしいあるいは真摯な表情をしている。円形の口を持つ仮面は、口だけ見るとすこしおどけた感じに見えるが、実は仮面に相対する人にふっと息を吹きかけているようにもえる。しかし、それは実際の呼吸の息ではなく、部族の神々の「霊気」なのである。言い換えれば、仮面の裏に隠れている降臨した神々のエネルギーが、「気」として口から吐かれているのである。したがって、”ふっ”ではなく、“ほっ”と「気」を吐いているのである。目をみると、結構きびしい表情をしているが、おどけた感じや威嚇した感じはなく、真摯に仮面に祈りをささげる人に、神々の「気息」を送り出していると思えるのである。円形の口は、その「気息」を吐き出しているよ、というサインなのである。

 

 

  1. 3.折口信夫のプネウマ

 「ほ」という気息が重要なのである。もちろん「ほっ」でも「ほう」でも構わない。折口信夫にとって、秀(ホ)は、その思想の根底をなす重要な概念のようなのである。私には、折口信夫全集をひも解いてもなかなか理解が得られないので、林浩平の著書『折口信夫 霊性の思索者 平凡社新書』をもとに考えてみたい。林は、折口信夫がプネウマ的資質を体現する詩人である、としている。プネウマとは、ギリシャ語で気息とか精気とか霊気という記語が語感としてピッタリくるとも述べている。折口は古代研究の中で、このプネウマについて、すなわち「ほ」という気息について、次のように述べている。
「ほ」の活用語である「ほぐ」「ほむ」は「褒めたたえる」という意味であることから、「ほ」は秀であって、「ほに出づ」とは、神々が何か精霊に託して息を吐き出すように、優れた気息を相手に分け与えるということである、と述べている。


  1. 4.「ほ」で考えたこと

 アフリカのこれらの仮面の円形の口は、そこから「ほ」と霊気が吐き出されていることを象徴しているということになる。こういう私の考えは、いつもの私の独断と偏見かもしれないが、そんなに的外れではないと思っている。土着の神々を強く信じていたアフリカの未開部族の人々にとっては、神々の代替えとして作成した仮面の口から、神々の気息が吐き出されてくるという、強い期待感をもっていて当然のことと思われる。それが、円形の口となったと、私には思えるのである。民俗学から見て、部族の人々がなぜ円形の口にしたかという探求があるかもしれないが、私としては民俗学者の折口信夫を少しかじって、別の視点から民俗仮面の楽しみ方の一つを、提示したわけである。