仮面講座10


  1. 1. 舌をだすということ

人はどういう時に,舌を出すのであろうか。舌は口の中に隠れているが、食べる時とか話すときとか、人間にとって生きていく上に最も重要な顔の一機能なのであるが、案外それに気づいていない。それを気づかせてくれたのが、ニュージーランドのラクビーチーム「オールブラックス」が試合直前に行う舌を出す有名なパフォーマンスである。このハカ・ダンスは、マオリ族のハカという伝統的な舞踏を取り入れたものであり、舌を出すことにより自らの身体能力をさらにアップするための重要な儀式なのである。マオリ族は、舌がすべての身体機能の中心であり、舌を出すことが敵を威嚇するということではなく、その身体機能すべてを顕わすことと考えられている。では、試合前になぜ身体機能を引き出すかという、すなわち舌を出す行為をするのかという点であるが、舌から出ている念力というかテレパシーを、サッカー場全体そしてその場に来ているすべての観衆に送り、その観衆からの返される膨大なエネルギーを舌で受けとめ、オールブラックスがより身体能力を増すことになるというメカニズムではないだろうか。


 
 上の図は、北米の太平洋西海岸の北部(アラスカ)に住むインディアン(クワキウトル族)のクウェクウェという仮面であるが、見事にペローと舌を出している。レヴィ=ストロース著の『仮面の道』という本には、この仮面以外にも、目玉の飛び出た、舌を思い切りペローと出したインディアンの仮面がいくつか出てくる。神話をもとにした祝祭で、インディアンがかぶる仮面なのであるが、どうしてこのように神の代行として舞踏する時にかぶる仮面が、異様な表情をしているのか気にかかる。レヴィ=ストロースも、そのことをたいへん気にしているようであったが、神話に関係しているという以外になかなか適確に答えてくれない。舌を出しているその顔は、そのインディアンの部族にとっては、悪霊を驚かし恐れさせること以上に、もっと本質的な意味を持っているように、私には感じられる。
 インドのヒンズー教のカーリー女神は、大きな舌を出している神として有名である。カーリーの女神は、神像でも仮面でも、赤い舌を出している。ヒンズー教の神々の中でも、狂暴で殺戮を平気で行う恐ろしい神であるが、なぜか表情は恐ろしくはなく、すべての神々の母神としてあがめる信者は、ベンガル地方に多い。女神でありながら、なぜ舌をベローと出しているのかその理由がよくわからないが、その舌から不思議な魔力が出ているのであろうか。
勘ぐりすぎるようにも思うが、出している舌は、何かそこからテレパシーのような特殊な電波を発信しているように思える。舌をだす民俗仮面が他にあるのか興味をもっていろいろな資料で探っていくと、意外に舌を出している仮面が世界中にかなりあることに気づいた。世界でこのような仮面がかぶられてパフォーマンスされる時、その仮面の多くは神に変身したり、あるいは神気を帯びているのであるから、その神々が舌を出しているのはデザイン的にはかなり異様でアンバランスに見えるが、舌が何かの邪気を受信し、それに対する何らかの神気を発信するという重要な機能をもっていると推測される。



  1. 2. 動物の仮面

ペローッと長い舌を口から出すのは、人間より動物の方が専門である。動物は、喤覚や聴覚に特に優れているが、よく飼い主が顔を近づけるとその顔をペローと舌を出して舐める犬の舌は、単なる親愛の情をあらわしているだけなのであろうか。犬のなかには、飼い主が帰宅するために会社を出たとき、あるいは帰りの電車で最寄りの駅に降りたとき、もうそれに気づいている犬がいるといわれる。まだ家まで何キロも離れていても、飼い主が帰宅途中であることを察知して、玄関に迎えに行く。飼い主が帰ってきて玄関に入ってくると、喜んで飛び上がって、飼い主の顔をペロペロ舐めるという。この帰宅の察知は、犬の鋭い喤覚や聴覚によるとは考えられないので、飼い主と犬の脳波の受信あるいはテレパシーの交信ということになるのであろう。帰宅しようという飼い主の意思を、遠く離れていてもその犬はキャッチするのである。このテレパシーともいえる信号を、犬はどこで感知しているのであろうか。これが犬の脳に入る前の受信装置であるが、私は大胆に推理し、マオリ人のいうすべての身体機能の中心である「舌」と考えたのである。別に感知する時、犬は舌を出しているわけではないのだが。 深い密林で、大蛇やトカゲが舌を出しながら行動しているのは、その密林の中に出ている様々な情報・テレパシ-を事前にキャッチするためではないだろうか。また、仲間になんらかのテレパシーを発信しているのであろう。勿論、カメレオンのように獲物をねらって一瞬長い舌を出すような動物もいるが、舌はただ餌をとり食べる時だけのもではなく、動物それぞれによってかなり情報収集の複雑な使い方をしているように思われる。 ただ、世界の民俗仮面としての「動物面」の場合は、少し見方を変えなければいけない場合もある。例えば、中国の儺堂戯で使われる、虎・馬・豚・牛・犬・猿などの動物面の場合は、修練を経て精霊になった動物としての仮面とされているようである。中国から日本に伝わった天狗は、最初天を駆ける狗(犬)という、神秘的な存在であった。ネパールでは、獅子や象が仏教やラマ教の悟りを開いて神仏になったという仮面がある。アフリカにも動物の仮面があるが、その部族が神聖な動物と考えている、例えばカメルーンではアンテロープ・バッファローなどがいて、それらのユニークな仮面が作られている。案外、動物と人間は、意識としてそんなに区別されていないようにも見える。

  

  1. 3. 2つの仮面 

    上に示した左側の仮面は、インドネシアのジャワ島において、ワヤン・トペンという仮面劇に使われた仮面と思われる。ただ、ワヤン・トペンには動物としては猿の仮面がよく使われ、猿王など重要な役割を演じるが、牛の仮面は大変珍しいものである。しかしこの牛も太い眉毛を持っていて、擬人化されて仮面劇に出ると思われるが、実際にどういう役割を与えられていたかはわからない。ただ、大きく口を開け、大きな舌を少し上向きに突き出している点が注目される。その表情は、相手に向かって何かを訴えているか強く何かを発信しているように見える。
    もう一方の右側にある、スリランカの都市トリンコマリーで作られたと思われる仮面は、コーラムという仮面舞踏劇に使われる比較的新しい仮面である。コーラムで使われる仮面は、天上界や地下界と人間界の境を繋ぐ役割を持っていて、これを被ると直ちに変身し、天上界から神を呼んで五穀豊穣をお願いし、また人間界に隠れている悪霊や人間の体に潜む病魔を見つけて地下界に追い出すことができると信じられている。コーラムで使われる多くの仮面は、目をむき出し歯や牙をむき出している。この仮面で注目すべきは、咬んだ歯の間から下に向けて舌をペローと大きく出している点である。なぜ舌を出しているのだろうかということが、この仮面を見ていつも感じる疑問である。この舌は、ただ出しているのではなく特殊な役割を担っているのではないのだろうか。天上界の神と交信したり、村に潜んでいる悪霊がだす悪気を、この舌が感知し探し当てるのではないかと思うのである。



    1. 4. あとがき

    この仮面講座は、私が民俗学者でも動物学者でも、ましてサイキック研究者でもないにもかかわらず、この舌を出すことの説明について、今回は少し偉そうにふみこんでしまった気もする。それは、この2つの仮面の舌だけが、なぜか他の顔の部分より、あまりにも生々しく精気あふれて見えたせいかもしれない。しかし、舌を出すということが、ただ伝統的な表情の一つの形として終わってしまうだけでは納得できない、何か特殊な意味を持っているのではないか、と思ったわけである。テレパシーを切り口につかって、ほんの少し自分なりに疑問が解けた気がしている。いままでいろいろな仮面に関する資料を読んでも、仮面の表情や機能を決定している目や耳や鼻や口などの部分的な形態が持っている特殊性について、残念ながらほとんど説明がない。そのために今回も、私は相変わらず自己流に”エイッ・ヤアー!” と推測してしまったが、はたしてどうだったであろうか。ただ日本においては、「アカンベー」と舌を出すような低俗な話しか見当たらないので、大変残念である。