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仮面講座5


  1. 1.2重の視線

 人間が、ある一つの光点を見ている時、その光点とそれを見た人の目とを結ぶ直線を、ここでは視線という。今回は、仮面に関係する視線―特に静止している視線―について、いろいろと考えてみたい。
  まず、相手の視線を感じるのは、どういう場合だろうか。図1のように、相手が帽子をかぶり、マスクをして、目だけ出して自分を見ている状態が考えられる。自分自身、スーパーマーケットでそういう人に出会って、相手から少しにっこりと笑ってあいさつされたようなのだが、自分は全く誰かわからない。その時の視線の状況をまなざしともいうようだが、視線に感情が入っているのである。これを、ここでは視線Aと呼ぶ。仮面と関係する視線だけを取り出して説明するために少し極端な話になっているが、別にマスクも帽子もなくても、視線Aである。次にその人が、図2のようにさらに黒いサングラスをかけていたとする。その人は、顔の輪郭はわかっても誰かは全くわからない。自分を見ているのかどうかさえわからない。もし、サングラスをかけている人が自分をよく知っていて自分を見ていたとしても、こちらからは相手はわからず、まったくの一方通行である。これは、頭から薄い布をすっっぽりとかぶって、相手を見ている場合と似ている。これを、ここでは視線Bと呼ぶ。タモリさんのようなサングラスだけの場合も、視線Bと言う。
 さて、仮面の視線をどう考えたらよいであろうか。図3に見るように、仮面の目がはっきりとこちらを見ているとき、その仮面の目あるいは目玉がくりぬかれていて開いている場合も開いてない場合も、仮面をかけていない人間がこちらを注視しているのとは異なった、何か応対不可能な一種の不思議な視線を感じる。その視線は、例えば神様の仮面なら、現実を超えた何か崇高なまなざしになったりする。この仮面だけの視線を、ここでは視線Cとする。さらに図4に見るように、その仮面を誰かがつけて、くりぬかれた仮面の目玉から自分を注視している場合を考えてみよう。この場合、仮面をつけている人が自分を注視していていたとしても、なんとなくその雰囲気を感じることはあっても、仮面の視線と重なって、はっきりとその視線を認識できず、何か特別な感じをもつように思われる。この時の視線を、ここでは視線Bと視線Cが重なった2重の視線Dと呼ぶ。まさに、重合視線である。
 能楽を考えると、ある武士の能面を役者がつけて舞台で演じている時、役者は変身してその武士そのものと混然一体となるといわれるが、その時の役者自身の視線も変化していて、視線Dを超えたもっとすごいウルトラ重合視線になってしまっているかもしれない。

2.平行する視線

 郭徳俊というアーチストに、非常に面白いシルクスクリーンの作品がある。アメリカ合衆国で非常に人気を博した版画で、目から上がアメリカの大統領で目から下が郭自身というモンタージュによる版画である。大統領は、レーガンだったり、ブッシュだったり、クリントンだったりする。郭自身は、黒いサングラスをかけている。このモンタージュ写真を横から見て今までの図と合わせてイラストすると、図5のようになる。要するに、ブッシュの視線Aと郭の視線Bが、相手に向かって上下平行になっているのである。この肖像画を見る者は、平行して少しずれた2つの異質な視線を同時に受けることになる。これを考案した郭自身には、もちろん別の意図があったと思われるが、視線という方向からみただけでも、非常にユニークな発想と言えようか。とりあえず、ここでは、この視線Aと視線Bが平行する視線を、視線Eと呼ぶ。
 上のインドネシア系の2つの仮面を見てみよう。どちらの仮面も、舞台で演じられる宗教劇のような演劇に使われた仮面と思われる。目をよく見て見ると、眼球(黒目も含めて)は全くくりぬかれていないが、眼球の下の部分が眼球の線に沿ってくりぬかれている。まっすぐに前を見ることもできるが、足元も見やすいように配慮されている。この仮面をつけている人がまっすぐに前を見た場合、図6に見るように、仮面の視線とはほんの少しずれた平行な2本の視線になる。仮面の視線Cと目玉の下からの視線Bが、平行して同時に相手に投げかけられることになる。仮面を見ている相手はかなり近くにいないと、この視線のずれを感じることはできないかもしれないが、インドネシアやアフリカの仮面には、目の下1~2cmのところに仮面から覗く穴があけられているケースもあり、その場合にははっきりと視線のずれが感じられる。民俗仮面にもこういう非常に面白い視線のトリックが隠されているのである。この視線をここでは、視線Fと呼ぶ。

3.仮面の魅力

民俗仮面を手に取って仮面を見るだけでも、仮面それぞれの表情があり独特の魅力がある。さらに、今回は、それを演技者がつけた時は仮面から2重の視線Dや平行した視線Fが出ていることが発見できて、なぜ仮面をつけて演じている姿にわれわれは複雑な深い魅力を感じるのか、その要因の一端を少し掘り下げることができたように思う。 
 大した考察ではないが、このように仮面にからんで視線をいろいろ考えめぐらしてみるだけでも、仮面は本当に面白い造形物であると思われませんか。視線の移動や強弱などということは抜きに考えても、結構いろんな視線の種類が出てくるものですね。これを読んだ読者は、もっと面白い別の視線に気づいておられるかもしれない。その時は是非、メールで教えてください。よろしくお願いします。